「クルマを買い換えようと思うのだけれど、安全性で選ぶなら何がいいだろうか?」という質問を受けることが多くなってきた。TVのCMで積極的にエアバックやABSの効能をアピールしているせいもあるのだろう。確かにクルマを買うなら、少しでも安全性の高いモデルにしたいもの。実際問題として、優れた安全基準で作られたクルマに乗っていれば、ほぼ”深刻的なダメージ”(業界用語。主として死亡事故を示す)を受けることはないと思われる。詳しく分析してみたい。



 まず”安全基準”に付いて説明しよう。コレを知っていないと、ワケが解らなくなる。最初に安全基準という概念を作ったのはアメリカ。1960年代に、急増する交通事故死者をなんとか減らすため、アメリカ政府が安全確保のための予算を付けた。作られた組織は飛行機事故の調査と同じように、交通事故の分析から始める。調査の段階で判明したことは「驚くほど認識が間違っていた」だったそうな。そして出来たのが、初代のアメリカ基準だ。大ざっぱな内容は1)50qからコンクリートバリアに衝突しても乗員に深刻なダメージを与えない。2)側面衝突にも耐える構造を持つ、というもの。
 この基準をクリアするため、シートベルトが標準装備されるようになり、インパネやハンドルの形状も事故の衝撃を前提としたものになる。日本で最近まで残っていたピラーの無いハードトップなど、70年代から施行されている古いアメリカ基準さえクリア出来ないキケンなシロモノだったのだ。基準の効果は絶大だったようで、それまでなら死亡事故になったようなケースでも続々と生還するドライバーが出てきた。ちなみに日本が94年から施行している『安全基準』は、アメリカが定めた60年代の内容と同じ。30年くらい遅れている。

 その後、安全に対する研究がドンドン進み、1990年代に入るとアメリカとヨーロッパは「一段と厳しい基準を導入する」と発表した。簡単に内容を説明しておく。『普通の善良なドライバーの場合、事故例を見ると98%くらいまでが55q以下の速度で衝突している』。それなら55qでどんなモノに衝突しても大丈夫なクルマを作れば良いワケ。ちなみに55q以上のスピードで走っていた場合、危険を察知してブレーキを掛けるため、衝突までに車速が落ちるらしい。例えば一般道度を80qで走っていても、衝突までに1秒/約20mあれば、ブレーキを掛けると50q前後となる。
注意して欲しいのは、あくまで「どんなモノにぶつかっても」という部分。日本の運輸省が数年前から公表している衝突実験結果は、なぜかコンクリートの垂直な壁に55qでぶつける「フルラップ衝突」(イラスト参照)だ。30年前なら一応の基準になったものの、実際の事故形態では希少。筆者もコンクリートの壁に正面から突っ込んだ事故など見たことも聞いたこともない。しかもフルラップ衝突は自動車メーカーが新型車の認可を取得する際に『安全基準』として義務付けられているため、ある程度の安全性を持っていることは実験しないでも解っている。

 もっと問題は深い。フルラップ衝突だけに対応しようとすれば、割合と簡単。車体の前半分を柔らかい構造にすればいいのだから。したがってメーカーがフルラップ衝突で良い成績を取ろうとすれば、柔らかい車体を作ってきてしまう。対して車体の半分だけで全部の衝撃を受け止める『オフセット衝突』の場合、柔らかい車体だと乗員スペースまで潰れることに。考えて欲しい。ユーザーにとって重要なのは、明らかに実際の事故で大半を占めるオフセット衝突時の性能なのだ。
 だからこそヨーロッパ基準はオフセット衝突を重視したものだし、公式なオフセット衝突モードが無いアメリカでも保険協会がオフセット衝突を行って、結果を公表している。困ったことにオフセット衝突に耐える強固なボディを作ると、どうしてもフルラップ衝突の時に高い衝撃値が出てしまう。つまりフルラップ衝突のみを優先した日本の基準&実験方法は、オフセット衝突に強いボディに対し不利となるワケだ。相当クルマに詳しいマスコミでない限り、このあたりの事情は解らない。運輸省が発表された成績を鵜呑みにすると、かえって安全でないクルマを選ぶことになってしまうので注意して欲しい。

ということで最も新しい認識は「オフセット衝突に強いボディが安心」というもの。そのオフセット衝突も、現在3つの速度に分類される。ヨーロッパ基準の56qと、安全度を高めるため一段と高い60qから衝突させるGOAなどのメーカー自主基準。最も高いのが『ユーロNキャップ』と『アメリカ保険協会』で行う64q。フルラップしか対応していないボディを56qでオフセット衝突させると、まず生還は難しいとのこと。64qになると、100%即死らしい。
 大きな事故のいうのは一生で一度あるか無いか。その時のことを想定してクルマを買うのはナンセンスであると主張する知識人もいるようだが、筆者は全面的に否定したいと思う。事故は突然やってくるもの。対応するのが不可能で無いなら、備えておいて損はない。特に免許を取り立ての若いドライバーなど、つまらないミスで一生を棒に振るのはもったいないこと。これから新車を買うなら、少しでも高い安全性を持っているモデルにしたらよかろう。保険に入るより、よほど御利益はある。
 以下、現在販売されているクルマの安全基準を書いておく。

1)最もベーシックなものは「社内基準だけ」。メーカーの良心次第ということになる。ボンネットの無い旧規格の軽自動車は基準そのものが存在しない。40qで衝突したら危険。旧規格の軽自動車も衝突基準はフルラップ40qで、これまた45qくらいから危険な水準になっていく。
2)次のランクが「旧アメリカ基準」と94年4月から実施された「日本の衝突基準」。約50qからのフルラップ衝突と軽度の追突に対する強度を持つ。アメリカに輸出されるモデルは、いずれもこの水準を満たしたボディ構造を持つ。オフセット衝突をすると、運転席は潰れてしまう。
3)そして「新アメリカ基準」。ここから前出2つの基準と比べ格段に厳しくなる。フルラップの他、側面衝突モードが加わるからだ。具体的に説明すると、側面から1300s少々のクルマが50qで衝突してきたモード。側面は前面と違い、潰れる空間が少ない。ボディの全面的な作り直しを余儀なくされる。
4)98年の10月から施行される新日本基準は、ほぼアメリカ基準と同じ。違うのは側面衝突の形態。斜め前から衝突させるのがアメリカで、真横から衝突させるのはヨーロッパと日本となる。厳しいのはヨーロッパ&日本式。
5)最も高く評価されているのが「98年10月施行の新ヨーロッパ基準」。56qでのオフセット衝突を含むため、通常の事故例に近い。98年の10月以降、ヨーロッパで販売されるクルマは全てこの基準が適応される。
6)その上を行くのが、日米欧全ての基準をクリアしたモデル。最近はNキャップ64qオフセットや、日本で行われる55qフルラップの両方を想定したモデルまで出てきた。現行車だとビスタやレガシィなどがそう。自分で買うなら、迷わず6)の基準をクリアしたモデルを選ぶ。

 また最近になって他車と衝突した時の「加害性」(大きなクルマを頑丈に作ると、小型車に危害を与える)も問題の一つになってきた。ただトラックやバスといった、大型乗用車より「加害性」の大きな乗り物も存在することが矛盾の一つになっている。このあたりはバランス感覚が重要だと思う。