もしジドウシャヒョウロンカの国家試験があったとしよう。その中に「世界最高の量産車はナニか?」という設問があったならば、ワタシは間違いなく「現行Sクラス。いわゆるW140ざんす!」と書く。自動車の歴史を辿っても、W140ほど凄味のあるスペックを持ったクルマなど無いと思うのだ。ベンツ自身ですら、今後W140みたいなイケイケのモデルなど作れないハズ。どちらかというとベンツに対し冷たい国沢光宏ですら、ホンキで欲しくなってしまったほど。実際、97年式のS320にリーチ棒を投げ込む寸前までいった。



 どこが凄いか? 今から6年前の1992年初夏。TVの撮影のためカメラを助手席にセットし、NSXでアウトバーン全開走行してた、と思って欲しい。すると混雑した区間の、とあるインターチェンジから、当時最新モデルだったW140が轟然とダッシュしてくるじゃないの! 絵柄的にもこら面白い、ということで先に行かす。その時のVTRを回してみたら、後ろにピタリと付けた状態で「これは新型Sクラスですね。6リッターの12気筒を積んでいます」などと、ワタシが解説してる。やがて流れは良くなり、W140の前のクルマが右車線に。
 敵は踏んだね。おそらく思いっきり。んなこたコッチも予測済み。キッチリと3速に落とし(速度は130qくらい)、間髪入れず全開かます。この瞬間、愕然とした。敵のが速いのだ! コッチは最高速270qのNSXだぜ。絶対に負けることなどないと思ってた。つまり誇り高き(というかイヤなヤツの代表である)Sクラスを東洋の新顔でケ散らし、道を譲らせようと狙ってたのに……。さすが230q以上になると空力の良いNSXが車間を詰めていくも、他車につっかえてブレーキングを余儀なくされ、またもや踏みっこで引き離される、という繰り返し。

 単に速いだけならW140以上の4ドアだってあるかもしれない。しかしこいつぁ防弾ガラスほどの厚さを持つ2重ガラス&カンペキなエアコンにより、快適かつ静かな居住空間を確保している。その上で本格的なスポーツカーさえ返り討ちに出来る動力性能と、250qからフル制動を掛けてもバランスを崩さない(繰り返すとフェードする)強力なブレーキまで兼ね備えているのだ。スクープされた次期型Sクラスを見ると、Eクラスをベースとするらしい。もはやセルシオとイーブン。といったことからしても、ホンモノのSクラスはW140までだと思う。


 W140はバブル景気が終わった1991年秋から販売を開始。当初、旧型Sクラスのように最上級グレードばかり売れると思っていたようだけれど、お金持ちにとっても『600SEL』の2100万円は高かったんだろう。1520万円の『500SEL』さえ低迷し、主力は3、2リッター6気筒エンジンを積む『300SE』になってしまう。ちなみにW126の場合、560SELは1355万円。300SEなら845万円だもの。そんなことから、W140の中古車は300SEが中心だ。
動力性能はどんなものか? W126を調べてみたら、300SEが205q。560SELは240q。W140になると、小さい方から230q/250q/250qと案外速い。300SEでさえW126の560SELに迫る(W126の末期、ごく少数だけ500SEというモデルが販売された。こいつの最高速は230q)。といったことからすれば、W140なら300SEだって十分に走るということだ。また、408馬力を誇る12気筒エンジンの場合、速度リミッターにより250qに抑えられている。



 今回試乗したのは2年目となる93年式の300SE。5年落ちで走行3万2千qと、Sクラスの中じゃ例外的に少ない。ベンツってお仕事で使うヒトが多いため、全般的に走行距離は多め。1年で2万q走ってるクルマさえ珍しくないほど。ワタシが真剣にW140を探した時、イチバン悩んだのが走行距離。「いっぱい走ってるクルマはトラブル多い」というイメージを持っているので(今までの経験)、走行2万q以内を狙ったのだ。
しかし前期型W140(後期型はSが前に付く)の中古車だと、少なくて5万q。2万q以内という売り物なんか無かった。今回の3万2千qは、300SEとして考えれば非常に少ない方だと思ってよかろう。しかもヤナセの中古車部にあったクルマを借りてきたため、コンディション良好。外観は磨きを掛け、ゴム部分にシリコンでも塗り込んでやればフレッシュアップ出来る。インテリアだってシートなどに新車の雰囲気が残っていた。これまた入念にクリーニングするとビカモンになっちゃうな。

 300SEのネックとなるのがプライス。今回の93年式で400万円台中盤が相場。92年式でも400万円前後といったところ。対してマイナーチェンジバージョンのS320は、94年式だと500万円台前半。今回の95年11月登録2年落ち走行9千qヤナセ物でさえ608万円だ。後でジックリとS320の説明をするけど、やっぱり後期型の方がエクステリアもいい。300SEは古さを感じさせてしまう。おそらくリセールバリューだってS320有利だろうなぁ。
 といったことから考えるに、300SEの相場はちょっと高いような気がする。新車プライス1000万円の300SEなら、1年/1万q走る毎に100万円原価消却する計算。2年半乗られたクルマだと750万円。5年乗ったら500万円と、250万円くらいの差が欲しいところ。600万円出すとS320を買えるなら、350万円くらいでないと魅力を感じない。特に走行距離の多い300SEは、トラブルが発生する確立だって高くなる。予算があればS320を考えるべきか?


 ということで、ワタシが買おうとしていたW140は94年式以降のS320だった。なぜに後期型か? こらもう個人的な好みになるんだけど、とにかく初期型のスタイルが嫌いなのである。ボッテリと厚く、レンズ部分だけ四角いヘッドライトや、バンパー下部のスリットの開き方、リアコンビネーションランプの形状など、どこをとっても洗練されていない。世界的に酷評されたほど。たった2年でこんな大きな変更をするということは、ベンツ自身が失敗を認めているようなモンでしょ?
 改良されたポイントはエクステリアだけで留まらない。走行性能にも手を加えた。乗って解るのが加速フィールだ。初期型だけしか知らなけりゃ感じないかもしれないが、最高速を重視したため中速域でモタつく。キビキビ感不足、というべきか……。S320ではモタつきを解消すべく、ギア比をいじっている。結果、最高速を5q失った代わり、0〜100q加速で0、5秒をゲット。スポーティなC280と同じ加速タイムを記録するまでになったから驚く。



 その他、ダンパーを前後とも変更し、車高を落とすなど足回りの再セッティングを行った。何度も書くけど、ベンツがたった2年でこんな大きな改良を行うことなど過去にない(と記憶している)。見えるブブンだけでこうなだから、機械的な変更点となれば無数にあるのだろう。初期型はメチャクチャ多くのモンダイを抱えてのかぁ? 悪くなったのはインパネの木目と、バックの時に出るトランクヘタクソ棒がなくなったこと。トランクヘタクソ棒は有効だったのに。
 今回撮影に使ったS320は、2年半落ちながら走行距離9千qの大当たり中古車。磨きが良くなかったので光り具合はイマイチながら、ほとんど新車と言っていいくらいのコンディションを持っていた。ホントの年式は不明ながら(ベンツはSクラスの販売不振以後、イヤーモデル制を廃止。したがって95年11月登録の場合、本国で言うところの96年式なのか、95年式の売れ残りなのかワカランのだ)、相場より高めのプライスも納得出来る。同行した300SEと比べると、程度でも走行距離でも、138万円差とは思えないほど。

 最近になってS320の相場も急降下しており、400万円台後半で十分コンディションの良いクルマを見つけることが出来るようになった。走行距離2万5千qの95年式で500万円を基準と考えれば損をしない。そうそう。シートはファブリックと革の2タイプが流通しているけれど、長く乗るつもりならヘタりの少ないファブリックをプッシュしたい。しかも革より中古車価格は低め。手放す時だって、ヘタった革シートより有利なネダンが付くだろう。
 あまり知られていないものの、W140には93年式の400SELと、95年式にラインナップされたS280なる2つの変わり種がある。案外オイシイのはS280。中古車市場じゃ評価されておらず、相場もS320より100万円近く安い。内容はカンペキにSクラス。最高速だってS320より10q遅い215q(加速はC200並)。W126の300SEより、10q速いのだ。現在の相場は400万円を下回るくらいだと思う。


 6気筒以外のW140はどうだろうか? バリエーションとしちゃNSXで返り討ちを喰らった6リッター12気筒の600と、5リッターV8を積む500、そしてごく少数の400SELが正規輸入車。このうち400SEL/S420は「ほとんど流通してない」状態なのでパス。ほんならW140のフラッグシップである600SELあたりを用意したろかい、とも思ったけど、どうやら評判よろしくない。しかも相場をチェックしたら、300SEといい勝負。おいおい。新車価格からすりゃ倍だぞ!
 本来ならトラブルを減らすために作られた12気筒なのに(ムカシは点火プラグの品質も悪く1気筒爆発しないことなど当たり前だった。となれば気筒数を増やした方が安心)、今や複雑な分だけ壊れやすいという困ったエンジンになっている。BMWの12気筒も評判悪いもの。S600になってから大幅に改良されたそうだけど、あまり悪名高かったもんで売れてない。中古車も少ないワな。そんなこんなで、6気筒以外で最も選び安いのは、500ということだな。



 それでも中古車の台数からすれば6気筒より圧倒的に少なく、価格も高くないから不思議。500SEなら300SEの50万円高。高年式のS500でさえ、S320より100万円くらいしか高くない。今回試乗した93年式も、同じ年式の300SEより安かった(走行距離が多かったこともあるけど)。性能は最高速250q。0〜100q加速も7秒少々と、下手なスポーツカーに迫る実力。考えようによっちゃ、お買い得のW140と言えるかもしれぬ。
 乗ってみるとさっすがパワフル。アクセルを床まで踏み込むと、ややノーズを上げた姿勢のまま「ごもももももももも!」とダッシュ開始! あれあれと驚いているウチ、200qまで届いちゃう。何たって250q出るんだからね。600より180s軽いため、ブレーキもよく効く。600は200qから3回くらいフルブレーキングを繰り返すと、フェードして全く効かなくなる(アウトバーンでこの状態に陥り、ヨタヨタ追い越し車線に出てきたオペルに突っ込みそうになったことさえある。500だと心配ナシ。

 となると500は買いか? もしコンディションの良い500に出会ったら、悪くないチョイスだと思う。多少燃費は悪いけど、動力性能の高さときたら6気筒を相手にしない。しかし!コンディションの良い500というのは、予想外に少ないのだ。今回のクルマも、走行距離は11万q。高速道路ばかり走っていたようなので、それほどコンディションは悪くないけれど、普通なら敬遠したくなる。Sクラス全般的に当てはまることで、キチンと使い込まれたクルマが多い。
 W140の耐久性はどんなものか。ワタシの体験からすれば、走行10万qくらいだとボディのヤレは無い、と言えるレベル。タイヤやダンパーのヘタリで乗り心地が粗くなったりすることもあるけれど、そんなモン消耗品。交換すればよかろう。心配されるATも、渋滞路をノロノロと走っていたようなクルマでない限り、15万qくらい大丈夫。エンジンは、アメリカ人に聞くと「オイル交換さえしてれば、15万マイル=約24万qくらい平気」らしい。


 さて、W140は買いだろうか? 結論を出す前に、ワタシが買わなかった理由を書いてみたい。半年くらい前、手付け金を払う寸前まで行ったのは、95年式のS280。走行1万2千qの極上モノで、450万円だった。実車を見に行き、コンディションも納得した。ところが同じ時期に520万円で95年式のS320を見つけたのだ。リセールバリューまで考えれば、70万円高くても数年後にはモトが取れる(S320の方が高く売れるということです)。そんなこんなで4日間くらい迷っているウチ、S280ちゃんは売れちゃったのね。とほほほ。
 ほんならS320を買ったのかとなれば、そうでもない。あと40万円出すと96年式にも届く(ここでの価格は全部中古車屋サンが付けていた店頭価格。たいていの場合、値引きしてくれるので、実際に払う金額はマイナス20〜40万円くらいだと思って下さい)。それだったら新車の香りさえ漂う高年式車を選ぶってもんだ。かくして最終的に候補となって残ったのがビカモン97年式のS320。走行距離4千qってヤツ。600万円少々だと思ってもらえばよろしい。そんな折り、知人がS320の98年モデルを1週間くらい貸してくれた。



 これ最高でした! 1、9トンという重量級のボディを感じさえないほどシャープに走るし、静か。94年あたりからコストダウンを計ったということだけど、後期型の方が絶対に高い走行フィールを持っている。街を走っていると、割り込みをされることもない。オーディオだって初期型の安っぽい音質から、大幅にクオリティアップを果たした(セルシオの足下にも及ばないが)。燃費は予想外によく、高速道路を流れに乗ってジェントルに走ったらコンスタントに8〜9q/リッターまで伸びる。ハンドルが切れるため、使い勝手だって悪くない。
 最初に書いた通り、改めてW140は世界最高の4ドアだと思った。97年式のS320も、預かった98年式と同じスペックなので「ホントにこんなクルマ、600万円で買えるのか」的感銘を受けたほど。ジドウシャヒョウロンカでさえ完成度の高さにウナるな! 絶対にW140の中古車って安いよ。買わなかった理由はたった一つ。ワタシにゃツーマッチ(必要以上、といった意味)だからだ。W140がデビューした時から言われてきたことなんだけど、どの基準をもってしてもデカ過ぎる。悪く表現するなら「アタマ悪い」ように感じちゃうのね。
 スポーツカーなら「趣味」として割り切れるが、4ドアは使ってこそナンボの世界。乗らないのなら意味ない。もし「W140が好きで好きでしょうがない」というヒトであれば、フェラーリやポルシェを所有する時と同じく、ノメりこめばよかろう。しかし道具として使うつもりだと、必要以上に大きすぎる。こう書くと「大きさや重さだけならキャデラックやレンジローバーも似たようなもんでしょ?」と反論されるかもしれないが、W140は物理的な大きさだけでなく、凄さまで備えてるのだ。

 ただ友人から「W140を買おうと思っているんだけどどうかな」と相談されたら、迷わず「買えよ! 今後W140みたいなクルマって、もう出てこないと思うぞ!」と答える。昨年12月に行われた地球温暖化防止会議により、21世紀のクルマは現行モデルより平均30%程度の燃費削減を迫られることが決まった。もうW140のような『大型戦艦』は作ろうと思っても無理だと言うこと。間もなくデビューする次期型は、ググッと軽くなり燃費も向上する予定。S320であれば、燃費も決して悪くない。20世紀最後の贅沢をしたらよろしかろう。
 W140でイチバン怖いのがトラブル。高いクルマなのでパーツや修理代も高い。前のページで脅さると、けっこう腰が引ける。それでもワタシはW140をプッシュしとく。コンディションのいいクルマさえ選べば(94年以降のモデルは基本的に心配ない)、それほど神経質になることもなかろう。高額の中古車を選ぶ際は価格重視でなく、コンディションを最優先する。これが失敗しない鉄則です。