マイバッハを見た。プレスリリースもジックリ読んだ。あまりの面白さに記事の書き出しを凝ろうと考えたのが間違いだったようで、結局3時間も悩むことになったんだけれど、妙にチカラ入ってしまい、こんなんなりました。さて、マイバッハに対するワタシの結論は「お好きにどうぞ!」です。ただマイバッハにハマるお金持ちも多いんだろうな、と思う。果たしてどんなクルマなのか紹介したい。
 まずマイバッハを見に行く。ダイムラークライスラーの横にマイバッハ専用のブースがあり、ヒトの群になっている。少し引いたものの(混雑は苦手)、やむをえず突入! するとクルマは無い。あれれ、と思ったら、皆さん黒いガラスに顔をピッタリ付け、なんか見てるでないの。なんだなんだ、と行くと極めて透過率悪いガラスの向こう側にマイバッハ様。ケチなのか作戦なのか解らないが(もちろん作戦)、いずれにしろハッキリ見えない。

 このガラス、なかなか手強い。カメラ用のストロボじゃ全く歯が立たず(全てハネ返す)、かといってライトあてないと暗くて撮影出来ぬ。意地になったTVのチームは撮影用ライト(昼間のような明るさとなる)を大量に持ち込み正面からあて強引に撮影しようとしていた。ワタシもアタマ使いサクッと撮影してみました。どうやって撮ったかはナイショです。他の雑誌に掲載されるだろう写真と見比べて下さいませ。
 クルマそのものは、Sクラスを超えるスーパーベンツと言ってよかろう。公表された数少ないデータによれば、全長5720mmの標準ボディと、全長6160mmに達するストレッチボディをラインナップ。そいつに550馬力! を発生する5,5リッターツインターボのV12(Sクラス用がベース)を搭載している。「これでもか!」というスペックだ。

 なんでこんなクルマを作ったのか? ここから本題。元々ベンツという会社は、覇権主義である。つまり「世界一になりたい」という願望を持つ。実際、第二次世界大戦で大敗するまでは、世界一の高級車である770K(グロッサーメルセデスと呼ばれる)を作った実績を持つ。これ、ヒットラーの愛車だったことは有名。しかし日本同様、周囲の国に多大なるダメージを与え、旧ドイツ帝国は倒れてしまう。
 精神的痛手は大きかったらしく、ベンツは今までロールスロイスやベントレーに匹敵するプレスティッジカーを封印してきたのである。しかし時代は変わっていく。御存知の通りロールスロイスは経営が行き詰まり、本家の看板がBMWへ。ベントレーもVWグループにのれん貸しされてしまった。つまり長年ベンツ自身で封印してきたプレスティッジカーのメーカーは、同じドイツ勢に。

 こうなると「封印」の意味は無い。世界一のクルマを作りたいというベンツの願望が全開で解き放たれるのだった。かくして長年机の中で眠っていた(本当はどこにあったのか知りませんけど)ベンツのプレスティッジカー構想はスタートする。改めて書く。マイバッハの思想は「世界一の自動車」だと理解していい。この際、ナニを持って世界一とするかなど眼中に無し。とにかく「凄いだろ!」がテーマだと考えればよかろう。
 プレスリリースからもベンツの気合いがバリバリに出ている。クルマの紹介は極めて少ない。というか、積極的に隠したいように思える。下々のモノは関係ないでしょう、ということ。3千万円とも4千万円とも言われるクルマだからして、確かに関係ないと言われれば「そうですね」と認めざるを得まい。2870万円から買えるロールスロイスの新車に乗ったことあるヒトなど極めて少ないだろう。

 凄いのが『マイバッハ』というブランドのウンチク紹介。さすがにヒットラーを強くイメージさせる『グロッサー』(大きい、という意味)という呼び方は使えないだろうから、マイバッハを掘り起こしてきたということなんだと思う。当然知らないヒトも多いため、歴史から作らねばならないワケ。38ページという厚いプレスリリースのウチ、現代のマイバッハに付いて記載されているのは12ページのみ。残りは戦前のマイバッハの紹介に終始する。
 簡単に記すと「マイバッハとは1919年から昭和16年まで生産された『ジャーマン・ハイエンド・ラグジュアリーカー・ブランド』(プレスリリースのまま)。つまりドイツ有数の高級車ブランドで、V12気筒エンジンを特徴とする。1909年にはドイツが誇る巨大飛行船『ツェッペリン』のエンジンとしても採用されるほどの信頼性を持っていた。60年後の今、再びデビューします」。

 ま、第二次世界大戦前のベンツのエンジンは軍事色が強く、歴史を語れば重くなってしまう。ちなみにベンツの液冷V12はドイツ自慢の戦闘機、メッサーシュミットに搭載された。余談ながら日本でもライセンス生産されたけれど(川崎と愛知航空機で作られ、飛燕や彗星に載せられた)、技術レベル高すぎて冷却水漏れなどに悩まされ最後まで信頼性を確保出来なかったです。開戦と同時に自動車の生産を止めたマイバッハにはそういった負のイメージが無い。
 マイバッハという音韻も好ましいと思わないだろうか? どことなく高貴で、いかにもドイツらしい雰囲気。ショー会場には1929年製のマイバッハである巨大な『Type12』と当時のV12気筒エンジンが展示され、キチンと歴史の裏付けもされていた。参考までに書いておくと『MM』というエンブレムは「マイバッハ・マニファクチャー」の略。以後、このエンブレムが使われるそうな。

 気になる発売時期は2002年の秋とされている。気にしても意味の無い価格について聞いてみたが「まだ発表する段階にありません」ということ。ウワサによると3千万円から4千万円の間くらいがベーシックモデルの価格になると言う。これ、根拠無いので信用しないで下さい。まぁワタシ自身は妥当なセンだとだと思う。生産可能台数も未発表。ハンドメイドの部分が多いため、意外に少ないか?
 早くも世界中のお金持ちから注目されているらしく、これまたウワサの域を出ないが、日本でも100台くらいの「一日でも早く納車して欲しい」という熱いユーザーを抱え、1000台分程度の「買おうと考えている」お客さんがいるとか。アメリカからは防弾仕様の発注も多く来ている、という情報も。いずれにしろマイバッハを巡る騒ぎは、今年の大きなニュースになること確実。

 興味深いのはドイツ覇権主義の台頭ぶり。ピエヒ会長率いるVWグループを見ていると、ダイムラークライスラーに負けないくらい強烈。「上」へ行こうとするイキオイが凄い。技術を環境問題などに使おうとしているトヨタやホンダに代表される日本のメーカーと対照的だ。ワタシは日本人の血が濃いせいか、マイバッハクラスになると単純に笑える。ガラスに顔を擦り付けてまでは見たくないです。