なぜジドウシャの本にバイクが登場するかというと、話は簡単。エンジンが凄いからである。なんたってピストンは楕円形。1気筒当り2つのコンロッドと、8つのバルブを持つという信じられない形態をしてる。効果の程は相当のものなのだろう。F−1がターボを禁止する際、FISAはホンダの技術にビビって楕円ピストンを使うことを禁止してしまったほど。もし実現していれば、軽く900馬力を超えるパワーが実現出来たというウワサもある。以下、究極のレーシングエンジンと言われる楕円ピストンについ紹介してみよう。
まず楕円ピストンというコンセプトだが、これはホンダいじめのレギュレーションから生まれた。ホンダは30年ほど前にイキナリ世界の最前線に登場。それまでは2気筒ばかりだった250ccクラスに、高回転型の4気筒を投入。唖然とする名門メーカーを相手に、5位までを独占してしまったのだった! その後マルチシリンダーに自信を深めたホンダは、最終的には6気筒の250ccや、5気筒の125cc。そして50ccも4バルブ(!)の2気筒という時計のようなエンジンを送り出し、世界GPを完全制覇してしまう。
ホンダはその後しばらくレース活動を停止。再びカムバックしたのだが、その時点でホンダの技術力を恐れたFIM(バイクのFISAみたいなもんだ)は4気筒以上のエンジンを禁止してしまう。しかもホンダがエントリーしようとしていたGP500クラスは、ピストンの上下1回に付き1回爆発する2ストロークが主流。爆発の回数が半分しかない4ストロークで同じパワーを出すためには、2万回転以上回さないとダメ。でも4気筒では1万8千回転くらいが上限。とてもではないが、2ストロークに勝つことは出来ない。そこでホンダは楕円ピストンを考えた。楕円ピストンのコンセプトは2つのピストンを1つにしたと思えばいい。一つのシリンダーにバルブは8つ。コンロッドも2本あり、理論的には4気筒でも8気筒と同じ回転数まで回すことが可能なのである。
結果、このエンジンを搭載したNRは「絶対に2ストロークしか勝てない」とされていたGP500クラスの予選で何度も上位に入るまでになった。レース本番は押し掛けとなるために毎回出遅れてしまったが(日本選手権では1位になった)、その速さは今もワタシの目に焼き付いている。NRのエンジンは、当時150馬力くらいあった2スト500ccと同等以上だった。そのままのチューンでF−1と同じ3500ccを作れば、実に1050馬力! という途方もない馬力を稼ぐことが出来るのだ。
では試乗だ! 市販型NRは排気量が750cc。レッドゾーンは1万6千回転となっている。馬力規制のない欧州仕様は130馬力というから、このまま3500ccにすれば606馬力。ほとんどF−1のエンジンというノリ。キーを捻ると、さすがにインジェクション。いともたやすく火が入る。ブリッピングをくれてやると意外にも振動があるではないか! モーターのようにまったくスムースな回転フィールを想像していたのだが、並の4気筒以上に手ごたえはある。
スタートだ! 1速にシフトしクラッチをミートすると、これまた意外にトルクがある。普通なのだ。「あれれ?」と思いつつ、アクセルを全開。すると速いじゃないの! 文字通り1速は「あっ!」という間にレッドゾーン。スピードメーターを見ると、すでに制限の80kmをオーバーしている。やったワケではないが、瞬時に3速あたりまでは吹けきり、軽くスピードリミッターまで行ってしまいそう(ギアは6速)。とにかく速い!
ちなみにエンジンフィールは、どのクルマのエンジンにも似ていない。前にも書いたように、振動が大きいのと、パワーバンドが異常に広いのが印象的であった。なにしろ8千回転〜1万6千回転まで、同じ様なフィールなのだ。バイクに乗ってる人なら解ると思うけど、250ccのVツインみたいな感じ。ハイチューンエンジンというと回転と共にパワーが盛り上がるようなイメージを持つものの、本物の高回転型エンジンは想像していたよりずっとフラットトルクであった(125ccの5気筒に乗っていた黒沢師匠からも同じようなことを聞いたことがある)。おそらく2度と出ないであろう楕円ピストンを持つNR。思わず買ってしまいそうになる自分が怖かった。