<エスティマハイブリッドと縄文文化>

 青森県と言えば縄文時代の色が濃い。縄文時代=ナワの模様を付けた土器を作ってた人達の時代、というイメージを持つヒトが多いと思うけれど、その本質は『狩猟の文化』である。狩猟の文化とはナニか? こらもう自然との共存です。敬愛すべき日本の先住民族アイヌは、ユーカリという教えの中で「自然の破壊は、自分の生命を壊すことと同じである」と唱う。熊もウサギも鮭も、皆同じ自然に養われている仲間だという。
 縄文人をケ散らしたのは、大陸から伝わってきた稲を作る弥生人だ。彼らの「文化」は自然の制圧と言い換えてもいい。山林を切り開いて田畑作り、治水も行う。弥生人の集落が出来ると、周囲から自然は消えていく。また、農業によって食糧の確保は容易になるため、大きな都市になったろう。実際、弥生時代から人口も急増していく。こうなると小規模集団(普通は数十人単位。最大で数百人)だった縄文人は勝てない。



 この流れを自動車に置き換えて欲しい。20世紀の自動車=弥生文化みたいなものだったように思う。自然を破壊しても、人体に害を与えても、生活の利便性を向上させようとしてきた。その結果が地球温暖化であり、健康被害だ。1990年代に入り、多くの地球人は「このままだと人類が生きられなくなる」と考えたんだろう。急激に縄文時代のような考え方を持ち始める。結果、生まれたのがハイブリッドカー、プリウスです。
 もちろんハイブリッドとて完全にクリーンと言うワケでない。でも縄文人だって木を伐採し、火を焚いた。こらもう人間が生きるための『業』みたいなもの。また、木を切れば、切った分だけ植林すればいい。ホンの少しの負担なら、自然もカバーしてくれる。プリウスやエスティマ程度の排気ガス濃度(無臭。汚染物質も焚き火よりはるかに少ない)だったら、現在の保有台数のままで十分クリーンな大気レベルを維持していけます。
 そんなことを考えつつ世界文化遺産の『自然』分野に登録されている『白神山地』へ行った。『自然』分野の遺産は世界的にも少なく、日本でわずか2カ所(屋久島と白神山地)。山に入ると縄文から続く自然がしっかり残っていて、宮崎駿さんが描く世界のようだ。降った雨は厚く体積した落ち葉で漉され、清純な湧き水となって至るトコロから顔を出し、その水を集めた川の流れたるやクリスタルのように透き通っている。苔蒸した切り株なども多い。『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』そのままです。
 なのになのに! 弥生文化的とも言える、黒い煙や臭い排気ガスをまき散らすクルマで白神山地まで来るヒトも多い。自然を愛でようという気持ちを持っているなら、せめて自然を痛めつけないように考えて欲しいが、おそらく黒い煙を出しているヒトに問題意識は無いと思う。街中にゴミを捨てるのを見て「マナーが悪い!」と怒るヒトが、窓の外にタバコの吸い殻を捨てるのを見たことあります。そんなもんです。

 ハナシを元に戻す。ハイブリッド車の原稿を書くと「遅くて曲がらないクルマのドコがいいのか?」みたいな質問をされることがある。こら縄文人を軽蔑し駆逐した弥生人の価値観と同じかもしれない。弥生人から見ると、狩猟民族である縄文人はその日暮らしの野蛮なヤツらに見えたことだろう。本当に縄文人はその日暮らしの野蛮人だったのか? 青森空港の近所で発掘された日本最大の縄文遺跡である『三内丸山遺跡』に行ってみた。
 お馴染みの掘っ建て丸太の構造物や、とうてい4千年以上前に作ったとは思えない巨大な草葺き屋根の集会場は、写真やTVで見て凄いと思っていたけれど、もっと強烈な出会いがあった。そいつぁ日常の生活に由来する道具などの展示物。これを見て「縄文人は野蛮」と感じるヒトはいないと思う。驚くほど豊富な食物と生活用品を持ち、精神的に豊かな日々を送っていたようなのだ。
 食べ物が豊富である。主食は熱量高いクリ。これを集落の近所に植え、主食にしたらしい。凄いのオカズ類で、ブリやヒラメ、タイといった高級魚から、フグやタコ、イカまで食べていたそうな(骨などが大量に出土している)。クッキーまで焼いていたとか。ブリなど大型魚は頭部を別の場所で切り落としていた形跡がある。運搬用の処理まで行っていたのだ。肉類の種類だって現代人より多い。弥生時代からコッチは、牛や豚、ヒツジくらいだもの。
 さらに感激を禁じられなかったのは、オモチャや装身具。お椀やツボのミニチュアから、コドモのオモチャにしたと思われるようなイノシシの人形、土偶(コドモが作って遊んだという説もある)から、イヤリング、ネックレス、ブローチの類まであるじゃないの! また、乳児のお墓を住居のすぐ近所に設けるなど、感情の細やかさも見て取れる。そして根底に流れるのは、自然を敬う精神だ。
 樹齢30年ほどのクリの木を切って住居とするが、一度作った家は30年ほど使ったようである。すなわち切れば植え、30年後に育ったらまた切る、というようなサイクルを1500年間も繰り返したのだ。そんな三内丸山がなぜ滅びたのかと言えば、これまた興味深いことに気候変動。小規模な氷河期のため平均気温が2度ほど下がった結果、自然のサイクルが変わってしまう。4500年前の青森県は現在の東京くらいの気温だった。

三内丸山遺跡。感動の連続です。

 ハイブリッドの楽しさについて書いている。「運動性能」に代表される「走る」「曲がる」といった弥生人的な価値観でクルマを評価すれば、おそらくツマらないかもしれない。でもエスティマ・ハイブリッドに乗れば解るが、存分に楽しいのだ。モーターとエンジンの協調制御や、独特のブレーキタッチ、発進フィールなど全て独特。何より燃費よく、クリーンな排気ガスしか出さないのが気持ちいいと思う。
 今回、どうせ同じコース走るなら燃費でも比べようか、ということから4台でエコラン大会をやった。4台という規模が縄文的で好ましいではないか。30台だとお互い勝ち負けしか考えなくなる。4台ならお互いの成績もさることながら、コミュニケーションも取れる。「今の区間どうでした?」「いや〜落ちちゃったよ〜」「何キロ走ってる?」「ちょっと上がったらナイショ」等々。



 ワタシは自分との勝負。なんせハイブリッド親方とエコラン大王を自認してますから(他の人が認めているかは不明)。ハイブリッド車でエコランとなれば、もう頑張らないワケにゃいかない。一方、コース設定たるや厳しいのなんの! 白神山地行く道は、最後が厳しいアップダウン。岩木山までの第2区間も登り坂ばかり。第3区間と第4区間は信号ある街中主体。渋滞に引っかかることも度々。
 山道と一般道主体の182キロというエコランに厳しい環境の上、さらにタイヤはスタッドレス。3人乗車とくる。それでもホンキで頑張ったトコロ、17、0キロ/Lという望外の燃費を出せた。夏タイヤで1名乗車なら間違いなく10・15モード燃費である18キロ/Lに届いたろう。参考までに書いておくと2位のチームは15、6キロ/L。何とか面目を保てた。
 これからの自動車はどうなっていくだろう? ウチのムスメやムスコを見ると「こいつら少し縄文人が入っとるな」と思う。必要なモノしか欲しがらず、リサイクルに対しても意識高い。マスコミより友人同士のネットワーク重視し、コンパクトなコミュニティを形成しているのも似ている。かといって縄文人のような生活に戻るべきかとなれば、そうでないです。やっぱり複雑な技術を実現しようとすれば、緻密な弥生人的な文化がモノを言う。
 21世紀は縄文と弥生が融合したようなクルマこそ望ましいのではないだろうか。自然に抱かれ小規模のコミュニティで暮らす縄文人の暖かさや細やかさ、精神的な豊かさをキチンと持ちつつ、都市国家を形成した弥生人の高度な技術あれば理想的だ。エスティマ・ハイブリッドは縄文と弥生の良いブブンを取ったようなクルマだと思う。環境に対してはハッキリ縄文だ。
 前述の通り☆三つ(超・低排出ガス規制)取ったクルマであれば、大気を汚さないと考えて良いレベル。一方、事故に遭いそうになった時は、素晴らしい技術でしっかりとカバーする。今後、さらに技術が進めば、一段と排気ガスはクリーンになり、カンペキなリサイクルによってゴミも出さなくなる方向。そうなったらクルマも自然のサイクルの中にしっかりと組み込まれるようになるんじゃなかろうか。