川口町ボランティアセンター

11月14日 川口町ボランティアセンターのHPを見ると、さらに活動できることが制限され始めてしまっている様子。2〜3日のボランティアは食べるものを持ってくるように、と書いてある。確かに被災直後で運送事情悪いなら、自給自足が基本。でも今や物資はいくらでも運べる状況だ。本当にボランティアを必要としている、と行政が思っているのであれば、もう少し”心やさしい人”のことを考えて欲しい。とは言えボランティアが多すぎる状況が続いているのも事実。ボランティアセンターのHPをしっかりチェックし、行動して下さい。

中越地震のお手伝い

スクーター3台。クルマ3台体制で3日間活動しました

10月25日 夜TVニュース見ていたら、新潟の被災者のところに救援物資が届いていないという。500億円からの巨費を投じてるにも関わらず何をやってるんだか解らない(全く報道もされないので現地の人の役に立っているのかも不明)イラクの駐屯をするのなら、自国の国民の援助をして欲しい。500億円あれば、10万人といわれる避難している人に毎日5千円ずつの物資提供を100日間も出来るのだ。

10月28日 越後湯沢の合宿所の状況を聞くと、水や電気は平常通り。関越道も通行止めだった下り車線も間もなく六日町まで開通するという。また、湯沢は地震のダメージが無いにもかかわらずホテルや旅館のキャンセル多く、困っているらしい。

10月30日 朝から原稿書きや、いろいろな連絡など。新潟の状況を調べてみると、物資やお手伝いの人は十分足りているそうな。連日ボランティアがたくさん集まっている様子。だとすると同じことをやっても仕方ない。というか、困っていることに対してお手伝いするのが本筋だと思う。そこで阪神淡路を体験した人に聞いてみたら、交通手段があったら嬉しかったとのこと。なるほど被災地域はタクシーやバス、鉄道の便無し。クルマを持っていない人は、行きたい場所があっても気軽に行けないワケ。新潟の場合、高齢の方も多いから大変じゃなかろうか。ボランティアの人達の移動だって必要だろう。そこで現地の”足”になれるようなシステムを作りたいと考えた。「出来ること」をリストアップし、準備したい。

10月31日 阪神淡路の時に便利だったのがバイクだったそうな。そこでホンダに「原付スクーターを3台ほど貸してくれませんか?」と聞いてみた。すると「いいですよ! ヘルメットも一緒に貸しましょう」。ニーズがあるかどうか不明ながら、こいつを新潟に運び無料レンタルのシステムを作ろうと思う(もちろん乗れるかどうかのチェックは必要。パイロンを持って行き、基本的な操作ができるかどうかを確認してから乗ってもらうつもり)。対象は避難している方と、ボランティアの人達。とりあえず被災地域は宿泊施設や食べ物、トイレなども不足しているため、自前で全て用意しなければならない。必然的に越後湯沢をベースとして動くしかありません。長岡や小千谷は距離的に難しいので、六日町側の避難場所へお手伝いしに行きたいと思う。いずれにしろ復興は落ち着き、TVや新聞のニュースにならなくなってからが本番です。

11月2日 東京モーターショーのプレスディ終了後、ホンダに寄ってスクーターを積み込む。軽トラックだと3台ピッタリ積めます。山崎君はモーターショー会場から品川の三菱に寄り、新潟に持っていくグランディスを借りに行く。

11月4日 日産でプレサージュを借りる。どうやらミニバンの需要が大きい模様。一度家に寄って準備し、湯沢に向かう。到着すると何ら変わりなし。安定性悪そうな人形や、部屋に立てかけてあったスキー板まで倒れていないほど。このあたり、あまり揺れなかったようだ。山崎君に話を聞くと、川口は最も厳しい状態にあるような感じ。まだ混乱しているそうな。どんなことが出来るか解らないけれど、明日から一生懸命やってみようと思う。

11月5日 7時30分に湯沢の合宿所を出発し、川口へ向かう。三つ目の小出で高速道路を降り、国道17号線。このあたりも被害は大きくなかったようで、ほとんど平常。コンビニやスタンドも普通通りだ。川口まで10km地点くらいから、道路の隆起や家の被害が目立つようになる。それでも5km手前くらいまで、大災害というイメージは薄い。しかし川口の手前にある片側通行のトンネルを抜けると、ガケ崩れや片側崩壊した道路が至る所にある。信濃川に掛かる橋が落ちなかったのは奇跡だと思えるほど。9時に到着し、早速スクーターの無料貸し出しと、グランディスにプレサージュというミニバン2台体制の「送迎」活動開始。ボランティアの人を現場に運ぶニーズがけっこう多い。スクーターは、被災者の方にテントを張っているチームの方が見回りに行ったり、他県から手伝いに来ている人の”偵察”業務で使われたりしている。ボランティアの本部に本職のタクシーが居れば活動を遠慮しようと思っていたけれど、一台もおらず。帰りは関越が全面開通したため、川口から高速で湯沢まで。

11月5日時点では物資豊富。置き場所がなくなるほど

11月5日雑感 最も援助体制が遅れていると言われる川口のボランティアセンターで終日過ごした。「被災して困っている人は間違いなく居る。少しでも人助けがしたくて遠くからお手伝いに来ているやさしい人も間違いなく居る」。でもその二つを繋ぐシステムがあまりに弱い。現状ではお手伝いしに来ても、被災した方を自由に助けることが出来ないのだ。なぜか? ごく少数ながら、悪い輩が出没するからである。ボランティアのふりして高額商品を売りつけたり、空き家に入って金目のものを盗んだり。泥棒に懲りてよそ者を入れない集落もあるほど。また、避難所に入り宗教の勧誘をしたりする輩も少なくないという。結果、避難所に許可無く入ることはままならず、ボランティア活動も二人一組でなければならなくなった。もちろんボランティアセンターのスタッフは一生懸命やっているけれど、明確な上下関係無いため苦労している様子。本来なら市議会議員が先頭に立ってテキパキやればいいのに。こういう時、議員は何をやってるのだろうか?

現役の学生が4人いて「借します」はないだろ! 気付きませんでした。しくしく

11月6日 7時30分に湯沢を出て川口へ。昨日より早い時間からスタンバイしようという狙いだ。今日はスクーターの貸し出しが多い。お昼過ぎはクルマもバイクも全て出払ってしまったこともあったけれど、ここのボランティアセンターだと3台/3台体制でちょうどいい感じ。それにしても災害地のお手伝いをしていると「情けは人のため為らず」(情けを掛ければ巡り巡って自分の元に返ってくる)という意味がハッキリ実感出来ます。自分の”持ち味”を改めて認識出来るのだ。今回学生が4人来てくれたのだけれど、それぞれ興味深かった。理科大の藤田君は、普通だと「調子のいいお兄ちゃん」にしか見えない。しかし物資集積所(被災者の方が必要な物資を取りに来るところ)で大活躍! 「本当に貰っていいんですか?」と遠慮しがちにやってくる被災者の方に、まるでアパレルショップの店員のような対応。今日はシャツやジャンパーを商品のように展示し「これが似合いますね〜」などとやっている。被災した方も、ダンボール箱の中からゴソゴソ探すより10万倍くらい楽しそうに持って行ってくれます。最終的に試着室まで自作。2日目にして「主任!」などと呼ばれているじゃないの。番頭宮本君は「駐車スペースが混乱しているので整理して」と言うと、あっという間に”通路”や案内標識を作った。私は無料レンタル&タクシーの合間に、目的意識を持ち、しっかり活動しているバイクレスキューの人などボランティア仲間と相談やら依頼やら。たちまち一日経ってしまいました。

混乱していた駐車場ですが医療車両のスペースまで作っちゃいました

11月6日雑感 報道は非常に大切だと思うけれど、正確でなければ何の意味もない。川口の状況について言えば、ボランティアセンターも役所の集積所も物資豊富。山のように水があり、食糧タップリ。衣類や毛布だって有り余る状態。なのにマスコミは依然物資の不足を訴えている。結果、物資を満載したトラックが来るたび、どこに降ろそうかと悩むほど。ボランティアだって足りてます。気になるのは善意の飽和状態続きで「助けに来るのは当たり前」みたいな対応をし始めた行政だ。有り難迷惑だと思っているように見えるほど。問題は今後じゃなかろうか。やがて足りない物資も出てくるし、ボランティアだって必要。でも今のような対応だと、報道されなくなれば誰も助けなくなること必至。ま、行政は主導権を握って人を雇ったり、物資を自ら選んで買うことを好むのかもしれません。逆にそれでいいんだと思う。ボランティアは行政のサポートが追いつかない期間だけ頑張ればいい。今日は土曜日とあって、組織や団体に入っていない単純な善意の人のボランティアが多かった。「何とか助けになりたい」という気持ちで来ている人とあって、皆さん前向き。けれどニーズ少なく、ボランティアの人が常時余っている。ここで「せっかく来たのだから何かさせろ」と言う人もいるものの、それは違う。スタンバイは大切なボランティアだと思って欲しい。

ボランティアセンター本部の前という立地

11月7日 今日は8時30分より活動開始。昨日の流れで駐車場の管理も行う。9時過ぎ、被害が激しかった集落までボランティアの人を乗せて行く。道路は最悪の状況。川沿いの道など大雨降れば間違いなく信濃川に崩落してしまうだろう。戻ると「荷物を運んで欲しい」という被災された方からのリクエスト。サンバーにコンパネと毛布、ゴザを積み自宅へ。センターまで歩いてきたとのことなれど、遠い! 4kmくらいある。しかも全くフォローされていない被災者の方だった。住んでいる建物は赤い札(倒壊の危険性大)を貼られたので今晩からガレージに寝るというのだが、3方にしか壁無い。コンパネの囲いと毛布だけじゃ寒かろう。そこで荷物を降ろしてセンターに戻り、本部の受付で相談すると「リクエストを上げます」。う〜ん! 少しづつ役所のような体制になってきてしまっている。昨日一緒に動いた管理部門の人を見つけ「今すぐ対応したいのだけれど」と言うと「自力で出来ますか?」。「やるだけやってみますね」。見回りのためにスクーターを何回か貸し出したキャンプ協会の人に相談したら「テントあります。すぐ行きましょう!」。プレサージュにテントとマット、お手伝いのボランティアの人を3人乗せて被災された方の家にトンボ返り。あっという間にガレージの中に立派なテント完成! 喜んで頂けました。これなら暖かく寝られると思う。午後から山古志村に行く途中の相川という集落へ、自衛隊が設営したお風呂に入りたいという被災された方を迎えに行く。皆さん「見ず知らずの人にこんなにしてもらって有り難いことです」。ボランティアだということをしっかり解っていてくれている。お互い様ですよ、と言うと「今まで被害が出ても何もしなかったバチが当たった」。次は東京かもしれませんから助けてくださいね、と答えておきました。被災された方は本当にたいへんだと思う。新潟の復興を理由に、イラクから自衛隊を戻したらどうか。このあたり、間もなく大雪が降る。傷んでいる家は倒壊の危険性大。時間との勝負です。7日のTOPに書いた通り、今日から行政が関わってきた。タクシーもボランティアセンターに来るようになったし……。復興のためにも町でタクシーを雇って下さい。

こんな道路の向こうに集落があります

11月7日雑感 ボランティアの大きな役割の1つは、大きな被害を受け行政が大混乱状態に陥った時の緊急措置みたいなものだと思う。なにしろ行政の当事者だって被災者。何も出来ません。ボランティアって行政の機能停止中、何とか住民の衣食住環境を提供してあげたい、という”やさしさ”からくるものだと考えてよかろう。したがって物資があれば、多少バラつきあっても配ることが優先される。しかし行政の機能が回復し始めると「ボランティア連中は勝手なことをしている!」と思うらしい。例えば「物資を配る」という援助、行政だと同じ分量を公平にというのが基本。「やれることから始める」というボランティアの姿勢と違う。川口町のボランティアセンターは(役場の管轄ではない)、11月5日まで物資が豊富にあった。倉庫一杯になるほど援助物資がたくさん届いていたためである。しかし11月6日から役場に搬入してもらうよう依頼した途端、物資不足になってしまった。それじゃ、と食糧など足りないモノを役所まで分けてもらいに行くと「それって誰が食べるの?」という強烈なイヤミ。援助物資をボランティアも消費しているのが気に入らないらしい。考えて欲しい。ボランティアだって食べなければならぬ。日帰りのボランティアならお弁当を持参できるも、長期の人は不可能。そこで大量にある援助物資から必要なだけ消費することになるのだが、行政は気に喰わないようなのだ。結果、7日のお昼ご飯はわずかにワカメ入ったミソ汁とイモ半分。私らのように衣食住足りたところから通ってきているなら何の問題もないけれど、テントに泊まって一生懸命活動している人は可哀想。行政は給料を貰っている仕事。ボランティアの人は無償。そういったことすら行政は考えられないみたいです。これから募金や物資を送るなら「ボランティアのために」と書いて送って欲しい。ま、大口を叩けるまで行政が回復したなら、それまた朗報か。ボランティアを無償の労働者だと考え始める余裕が出来れば、復興作業は行政の仕事です。有償の労働力を雇うべき。その方が地元にお金も落ちる。今回いろいろ勉強になりました。

 今回被災した方やボランティアの人達を乗せて被災地を走り回ったプレサージュとグランディス。いつもなら容赦のないジャーナリストに乗られる広報車ながら、今回は乗せた皆さんから「いいクルマですね〜」という声を頂きました。何だかクルマから「頑張るよ!」という声が聞こえてきそう。

今後のテーマ 自動車関係者として何が出来るだろう、と考えて移動手段を提供してみたのだけれど、ニーズのあるお手伝いだと解った。あって欲しくはないけれど、もし何か起きればもっと早い時期から動きたいと思う。具体的には被災地まで道路が開通したら、4WDの軽トラックやパジェロ・ミニ/ジムニーのような小型クロカンで先発隊を送り込む。4WDの軽トラック、食糧から水、毛布、コンパネまで積めるなど最高の物資輸送手段になってくれる。もちろん軽トラックの荷台にはスクーターを載せていく。これまた道路事情の悪い被災地だと見回り業務など最高の足になってくれるだろう(被災地には必ずバイクレスキューが入るそうなので、スクーターの人に付き添ってもらえば安心。今回も老人会の依頼で山間の被災地に入った人のバックアップをして頂いた)。道路事情良くなれば、多人数乗車のミニバンを運び込む。これまたマイクロバスの入らない場所だと最高の人員輸送手段になります。活動時期は「道路開通から行政が動き出すまで」。被災地は路面の崩壊などオウンリスクで走らなければならない区間も多い。こんな場所、行政が動き出せばどんどん走れなくなってしまう。

<スタッフ>

隊長:国沢光宏

先遣隊11月5日リーダー:山崎裕正

11月6日リーダー:青山 寛(理科大)

11月7日リーダー:宮本康二

集積所主任:藤田峻平(理科大)

ドライバー:永田恵一

受付:澤田 守(明星大)

受付:山形 悟

軽トラドライバー:国沢悠来(早大自動車部)

見習い受付:宮本 響

<車両>

三菱グランディス

日産プレサージュ

スバル・サンバー

ホンダ・トゥディ

ホンダ・ディオ

ホンダ・スマートディオ

<寄付金>

よーへーさん