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1月31日 対地速度でコンスタントに1000km以上出てるような強い追い風のため定刻より40分以上早着。もっと寝ていたかったのに……。ホテルに駐めておいたセルシオをピックアップし、永田にラリーカーを夢の島マリーナまで持ってきて貰う。ラリーに出る前に御祈祷を受けなくちゃなりません。最近お気に入りの深川にある富岡八幡へ。とりあえず「必勝祈願」でなく「交通安全」でお願いしておきました。トシ取ると安全第一。『無事是名馬』は有り難いエクスキューズであります。帰宅し、スタッドレスタイヤに履き替え、これで準備万端。後は楽しむだけだ。19時30分からラジオ日本の収録。毎週土曜日の21時、たまにゃ聴いて下さい。けっこう面白いと思いますよ。
1月30日 日が昇る前にホテルを出発し、10時10分発のフランクフルト行きルフトハンザ。乗り継ぎ時間が70分しかなく不安だったものの、早着し無事成田行きに乗れました。行きの便と同じクルーだったため「もしや?」と思ったが、案の定飲み物出てくるまで『24』を2時間分(約90分)見終わりました。最終的に食事出てきたの、離陸から3時間後。仕事ノロい! 行きもそうだった。ルフトハンザに乗ると、ドイツ人が頭脳明晰なワケじゃなく、ドイツ人の中に凄く頭の良いヤツが少数存在するだけだと解ります。寝ているウチ、30日は終了。
1月29日 ベストカーの仕事が終わらず、昨晩は夕食を抜いて20時に寝。今朝は2時に起きて仕事であります。日本とメールのやりとりをしていたら「何で毎週スペインに行ってるんですか?」だって。う〜ん! 確かに常識外れだぁね。たまたま試乗会が重なっただけなんだけれど……。おそらくスペインに毎週通うのは人生最初で最後だと思います。まぁ来月の中旬になればヒマを持て余してフネ磨きしたり、スズキ釣りに行ったりしてるとかと。ちなみに先週は深夜0時過ぎにホテル到着。翌日は朝から試乗のみ。帰る日は日の出前にホテルを出た。今回も19時ホテル到着。本日は試乗のみ。明日の朝、日の出前にホテルを出て帰る。視察という名の観光も無し! このギョウカイ、マジメでしょ? 9時過ぎに何とかオーダーされた分を全て終了。160kmほどの試乗コース+サーキットを100kmくらい走ってホテルに戻る。19時から技術説明会に続いて夕食。バタンQです。
バルセロナ名物? の「ちんこビル」
1月28日 日本列島は冷え込んでいるらしく、成田空港もマイナス4度だって! 依頼されていたベストカーの原稿、締め切りまでまだ余裕あると思っていたら「今月は早めに入れて頂けますか」。そらそうだ。当面気合い入れるしかあるまい。依頼主のリクエストにゃ答えねばならん、ということで昨晩から久しぶりにネジリ鉢巻き状態の原稿書き。ラウンジで早くも1本アップ。フランクフルト行きのルフトハンザは有り難いことにシート電源が生きており、気晴らしに『24』を1本見たのを除き、原稿書きまくる。久々に脳みその疲労を感じましたね。11時間20分のフライトタイムがこれほど短く感じたことはありません。いやいやレカロの新型シート、有り難いっす! 驚いたことに外気温、マイナス64度。飛行機、どのくらいの低温にまで耐えられるのだろうか?
フランクフルトで16時発バルセロナ行きに乗り換えまたしてもスペインであります。本日は20時に寝。
1月27日 起きたら見事なピーカン! 昨晩30cmくらい積もっており、最高のスキー日和であります! ゲレンデに出てみたら期待以上のコンディションぢゃありませんか! もはや全開全開さらに全開! 途中、4本ほどポール練習も行い「私をスキーに連れて行って」を見て超盛り上がったスキー熱を存分に楽しむ。「よませ」というスキー場がまた良い! 全長1km以上あるフラットなバーンがが〜らがら。こんな天国のようなスキーはありませんぜぃ! 最後にロングをイッキに5本! 売り切れそうだったので終了することにしました。ここから無理するとケガするんだ。ホテルに戻って海和さんとお昼を食べてたら、あらら! 木村公宣選手がいました。キャンプを張っているそうな。往年のスキーヤーはぜひとも泊まってみたらいかがだろう。13時過ぎに帰路へ。所沢出口で事故(BMWがササってました)。事故処理もヘタクソで本来なら1車種潰せばいいだけなのに2車種規制してるから大渋滞。今日の事故のように事故起こしたヤツがケガもなく元気だったら怒鳴りつけて通過するマナーなどいかがだろうか。帰宅し、原稿書き。22時に終了。その足で成田の日航ホテルに行き、前泊。身体中バキバキです。
1月26日 9時家を出て北志賀の「よませ」にある海和さんのホテルへ。恒例の厳しい厳しい雪山修行であります。今年は荒澤大兄、小糸大兄、2輪国際A級箱田選手と私の4人。全く滑り込みが足りない状態での参加は初めてのため、1本目から燃料喰いまくり。クワッドリフトを3本連チャンするや、残量4分の1になっちゃいました。こらタマランと、海和さんにポールを教えて貰いに行く。2本練習し、1本コース整備。そして2本コメントを貰う。まぁ海和さんに教えていただくレベルじゃないですが……。一休みし、残量警告灯出るまで滑って温泉。さらにスキーより厳しい般若湯修行を行い轟沈。
1月25日 昼から取材で面白い中古車屋さんに行く。最近クルマが楽しくない、という人にゃピッタリかもしれない。というか私も2台ほど欲しくなったりして。いかんいかん。今年はラリー命であります! ベストカー2月10日売り号でタップリ紹介するのでお楽しみに! 終了後、急いでガリバーの本社へ。コリズム編集長の大岡君と対談。ジツは大岡君とクルマ談義するの、初めて。意外なクルマ観を持っており、大いにウなりました。普通の人と相当違う、ということですけど……。対談原稿書くの、何と永田! 果たしてどうなる? 終了後、スノーラリーの最終準備。1Dayラリーだからして何かあったらリタイア。サービス体勢も組まず、ノンビリ走ります。タイヤは競技用スタッドレタイヤがなぜか全国的に在庫切れ。半分くらいの人が普通のスタッドレスタイヤで走るそうな。競技用以外のタイヤ履いたチームのトップでも狙いますか! ちなみに雑誌の比較試乗で好印象だったヨコハマのアイスガード・ブラックで勝負ぢゃ。
1月24日 今日も早起きして潮風公園で撮影を一件。終了後、次の取材のため群馬に向かう。折からの寒波で猛烈な向かい風! しかもプリウスにとっちゃ一番苦手の低温ときた。高速を降りても燃費は伸び悩み、リッター17km前後という感じ。気温20度あれば同じ走り方で20〜22km/Lくらい行きます。寒い日の燃費、ECOカーの大きな問題点なのだ。ちなみに寒いのガマンしてヒーター切れば燃費良いのですけどね〜。最後のカットを桐生で撮った後、FM群馬の収録のため前橋へ。今回は新井選手をゲストに迎え、スノーラリーのイベント紹介など。2月2日のラリー、何と新井選手が新型インプレッサで出場する。すでにエントリーリストも発表されており、私はゼッケン10。23台出場するN4クラスの10番手あたりを走っていればまぁまぁ、という主催者の判断です。何たってスノーラリーなど初めて。コ・ドラもラリー初戦だったりする。妥当なセンか? それより遅かったらどうしよ?
1月23日 時差ボケで眠りたがっている精神&身体を叩き起こし、またしても天気予報ハズれ降りしきる雪の中、芝にあるホテルへ。今日はレクサスIS−Fの公道試乗会です。予定していたコースを半分くらい使えなかったものの、キッチリ乗ることが出来ました。聞けば2年間分のオーダーを受けているとのこと。GT−Rと同じく「必要のないクルマ」だから、魅力あるブブンだけ評価すればいい。といった観点で評価すると、欲しいと思う域には達しておらず。されどもう少しモディファイさせれば、レクサスファンじゃない普通のクルマ好きでも「乗ってみたい!」と感じるクルマに育つんじゃなかろうか。矢口チーフエンジニアの意気も高い。COTYで2年続けて10点を入れたことからも解っていただける通り、レクサスに期待するモノは大きい。正面からベンツやBMWと勝負できる可能性持つの、レクサスだと思ってます。期待し過ぎると文句ばかりになるから、試乗終了後はトットと帰ることにした。
1月22日 起きたら日本時間の10時。仕事しようとシート電源にプラグ差し込むと稼働しておらず。ANAよお前もか! ちなみに行きの便も壊れてました。ただ「稼働していないから仕方ない」で済まされてしまうエールフランスやルフトハンザと違い、バッテリーも準備されている。よく壊れるのだろう。シート電源の稼働率、50%といった感じ。自動車ギョウカイじゃ考えられないユルさだ。トイレに行って気付いたのだけれど、当日のCクラスはが〜らがら。なのに私の隣だけ人がいる。JALなら「席をお移りになりますか?」と聞いてくるのに、そういった気遣い無し。もう一つ。昨年11月に勝股兄と「日本の会社なんだから日本語使いなさい!」と”教育”したフランス人の客室乗務員が乗っているじゃありませんか! 何と今回は最初からカンペキな日本語の対応。向こうは覚えているかどうか不明ながら、教育の効果あったということなのかもしれません。帰国し、自動入国ゲートを使おうとしたら、行きと同じく稼働せず。我が国も徐々に信頼性が落ちてきた。
1月21日 コスタ・デル・ソルは今日もピーカン。朝日が上がるの、正確にゃ8時28分くらいでした! ムスメから電話あり、今回滞在してる『フラミンゴス』というゴルフ場の中のホテル、先日イベントのため来て泊まったそうな。奇遇だね〜。朝ご飯食べ空港へ移動。10時発の『エアヨーロッパ』に乗り、12時30分パリ着。成田行きのANAは18時30分。6時間あるからパリまで行ってお買い物も可能なれど、もはや欲しいモノ無し。かといって観光する気にならず。そもそもパリの街並みにジジイは似合わぬ。ラウンジで仕事。搭乗前に食べて飲み、離陸するや「寝」。
1月20日 起きたら6時半。時差ボケあるにも関わらず眠れました。シャワー浴び、朝ご飯食べに行こうとしたら、まだ真っ暗。7時半なんですけど……。時間を間違えたのかと思うほど。考えてみれば泊まっているホテルはジブラルタルの近所。ヨーロッパの西の端に近い。なのに時間帯はイタリアの東端などと同じ。本来なら1〜2時間の時差あってもおかしくない感じ。その代わり日が暮れるの、19時近くなんだとか。取材は10時スタート。雲一つ無い好天で、しかも長袖のYシャツじゃ暑いくらい。さすがコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)であります。良い写真取れたし、試乗コースも抜群。されど素晴らしいゴルフコースの真ん中のホテルなのに加え、明日帰らなくちゃならぬ。もったいないです。
1月19日 東京駅発9時の成田EXPで空港。11時55分発のパリ行きANAに乗る。本日季節風強く、フライトタイム12時間25分とのこと。ご飯食べ昼寝したら4時間経過してます。どれどれ、と映画のリスト見たら、何と『私をスキーに連れて行って』があるじゃね〜ですか! この映画、見たくて仕方無かったのだけれど、近所のレンタル屋さんじゃ置いておらず。早速見始めると、懐かしっす! 若い頃は何とも思わなかった原田知世ながら、なるほど人気だったの解ります。曲のセレクトもジジイにゃタマラン。ブリザート掛かった時なんか手を上げて踊りそうになっちゃいましたから。全体の流れからして日本映画にゃ珍しくサラッとしてる。隣の席の白人のオバハン(といっても私より明らかに年下)が、その映画は何チャンネルだと言う。教えてあげたら喜んで見てました。スキー好きに国境はない。パリ到着は日本時間0時35分。さらに4時間トランジットし、20時35分発のエールフランスでスペインのマラガまで2時間半。到着するとすでに日本は朝の7時。しかも本来不要なハズの入国審査(EUだからフランスで終了してます)が乗客全員に課せられており、長い列になってる。なかなか進まないため偵察に行くと、窓口、一つしか空いないじゃん。眠い中30分以上待たされた。文字通り疲労困憊し、現地時間の深夜0時30分にホテル着。ちょ〜長い一日でした。
1月18日 久々にボクスターを引っ張り出し、クリスタルヨットクラブで行っているインスパイアの試乗会へ。驚くほど良い仕上がりであります! さすがアメリカ市場の稼ぎ頭モデルだけあり、弱点無し。レジェンドの居場所、もはや完全に無くなりましたね。全ての点でレジェンドより上質です。されど日本で売れるかどうか、となると難しいかも。試乗会場&時間の関係でロングドライブは厳しい感じだったため(渋滞すると時間内に帰ってこれそうにない場所です)早めに切り上げ、アクアラインに乗ってタントの試乗会まで足を伸ばしてみることにした。これまたクリビツテンギョウ! 先代タントの弱点だった「ぺったんロール」感が無くなり、正統派の良いクルマになっているぢゃありませんか! ノンターボでもキッチリ走ってくれるし。ダイハツの軽自動車、ホントに良い。こんなクルマばかりになると、私らの仕事はホメるばかりのカタログみたいになっちゃうかもしれない。「どのクルマが一番良いか」というのも、けっこう大切な情報?
1月17日 車庫証明などの書類揃ったのでラリーカーの名義変更を行う。群馬ナンバー、妙に人気でありました。何でも群馬ナンバーはラリー本場のイメージなんだという。速そうに見えるらしい。任意保険にも加入す。これでバイクを含め7台目。しくしく。10台になれば「フリート」の料金が適用され安くなるのだけれど、そこまでは行きません。まぁ今年からコドモの学費など不要になるため、何とかなるでしょう。夕方から歯医者さん。修理始めてから早くも2年。その道半ばといった感じなれど、物心ついてから一番調子良い。あと何年生きていられるか解らないものの、強く「治しましょう!」とすすめてくれた従兄弟に感謝感謝。ただインプラントもやんなくちゃならんのだが、決心つかねっす! だって痛そうなんだもの。
1月16日 午前中は潮風公園で撮影&取材。その流れで箱根へ。久々のターンパイクであります。驚いたことにGT−Rがたくさんたくさん! 撮影料3万円を払った雑誌屋さんだけでなく、普通の人達も少なくない。私らもGT−Rを含むグループだったのだけれど、どうやら飛ばしそうなクルマに対し料金所のオジサンが「向こう側の料金所からパトカーが入ったから注意した方がいいよ」と声を掛けている模様。ターンパイクを走ったことのある人なら御存知の通り反対側に料金所なんかありません。実際、パトカーとスレ違わなかったし。いずれにしろ比較的自由(もちろん制限速度厳守ですよ!)にターンパイクを走れた時代は終わったと認識してます。終了後、急いで帰って原稿書き。
1月15日 ハンドボールのクウェート問題を見ると、アラブ社会の悪い部分が全て出てしまった感じ。アメリカとアラブの関係、私はアメリカ側の対応に問題あると考えているけれど、今回のような現実を見せられるとトラブルが起きて当然のように思う。アメリカの文化とは水と油です。日本の場合も、アラブ社会との良い関係を築くには「積極的に交流しないこと」かもしれない。商売や国交も直接でなく、仲介者を立てるべき。人間にも相性がある如く、民族間の相性ってある。ハンドボール騒動、アラブ側の遺恨を残さず収拾出来るだろうか? オーストラリアじゃ南氷洋のクジラを獲るなとクレーム付けられた。冬になると沖縄にザトウクジラがやってくるのだけれど、そらもうクジラを驚かせないよう厳重に自主規制し、大切にしてる(私も今年こそ見に行きたいと思ってます)。沖縄のクジラ、春になるとアラスカの方へ移動するが、帰り道に中国のフネが待ちかまえていてクジラを獲っていったら大騒ぎになるだろう。クジラの移動距離は長い。「南氷洋は公海だからいいじゃないか」、と言い張ってもダメだ。だったら沖縄でクジラを獲ってみればどうか? 毎年増えてます。絶対出来まい。昼からカニミソの取材。終了後、仕事。
1月14日 CT誌アミーゴの取材で美濃加茂市の読者を訪ねる。そういや近所に友人の「エロR」(ユーロR)乗りが住んでたワいと、電話したら家におり、一緒にクルマ談義。やがて「今の若い連中は何やって遊んでるんだろ?」。すると「20歳くらいのヤツらってみんなダルそうな顔をしてる。積極的に遊ばない。まったりしてるのが好き」うんぬん。以後、帰りのクルマでずっと考えながら帰宅しニュース見たら、今年の成人式は少しづつ変わりつつあるのだという。大暴れする連中を冷たい目で見る若者が増えてきた模様。バカ共と一緒にして欲しくない、ということらしい。さらにNHKで19時30分から『技能五輪』の特集をやっており、若い世代の”職人”達の様子を紹介していた。今年は圧倒的な金メダルの数だったそうな。どうやら甘やかされて育った団塊ジュニアと呼ばれている世代とは少し違う価値観を持つ世代に切り替わりつつあるように思う。いや、キチンとした教育受け、恵まれた環境で育った人間と、そうでない人間の差が付き始めたという表現をすべきかもしれない。ダメな環境にある若者は「ダルい」を連発する無意味な日々を送っている一方、素晴らしい才能を持つ若者も出てきた。暗黒の将来が待っているの、ネットでしか自分を主張できない「自宅警備員」に代表される、定職を持たない世代です。
1月13日 大雪! 早起きしてCR−Vの雪道チェックを。初めてテストコース以外の雪道を走ったのだけれど、予想していた以上に気持ちよ〜く走ってくれます。VSAを安定性確保のためだけでなく、曲がる制御まで入れている模様。ハンドル切ると、おそらくコーナー内側のタイヤにブレーキ掛けているのだろう。曲がろうとしてくれるのだ。これだけアンダーステア出ないクルマも珍しい。帰りの関越もアイスバーンだったのだけれど、雪道に関しちゃ余裕の合格点を付けておく。終了後、加山へ。こちらは新雪積もってフワフワであります。飛ばせるバーンじゃないものの、それなりに楽しい。16時に神田で待ち合わせのため、昼まで滑って帰宅。クルコンを制限速度にセットして往復の燃費は10,3km/L。CR−V、も少し燃費良ければ文句なし。夕方からCTアミーゴの取材で名古屋へ。夜はホテルで教えて貰った『くるる』なる名古屋コーチンの店。創業50年。有名な店らしいのだが、全くトリの味しない。コーチンってこんなモンなの? 東京ならもっと旨いトリを安く食べさせる店がいくらでもある。量も少なくお腹いっぱいにならなかったので、並びのラーメン食べるもこれまたンまくない。名古屋、景気いいかもしれないけれど、ココロは失われつつある? 忙しいという字は「心を亡くす」と書きます。
1月12日 ラジオ日本で10時から収録。終了後、帰ってニュース見ていたら、小学校の女性臨時教師が生徒全員を連帯責任とし「頬を挟むように軽ピンタ」したと言っている。子供のコメントを見ると「精神的に深く傷ついた」だって。もはやこの国は来るところまで来た。こんなことがニュースになること自体、信じられないこと。加えて「叱る」ということは精神を鍛えることでもある。何も印象を残さなければ意味すらない。私だって教師に殴られたことは今でも明確に思い出すが(小学校で1回。中学で1回ですけど)、だからといって悪い影響など全く残しておらず。こういったことあると公立の学校じゃ「躾」など無理。社会不適格者をドンドン送り出すだけです。このところ我が国の至る所に歪みが出ている気がしてならない。皆さん現状を容認しているのだから、冷たい言い方になるも困窮している人は自分にも責任あるということを認識すべき。今はまだ良い。もう15年もすればニートを生み出した団塊の世代達も介護が必要になる。いや、現時点で日本人10%は崖っぷちにあり、定職持っておらず年金も払っていない団塊ジュニア達が老齢になれば日本人の3分の1以上困窮することだろう。どうするつもりか? 国に頼ったって、絶対助けてくれない。良識ある人だけ手を取り合って快適なコミュニティを作るしかないです。将来心配なら働くしかないでしょう。夕方前橋で打ち合わせを一件。終了後、湯沢へ。
1月11日 本日も走行チェックのためラリーカーでフォレスターの試乗会へ。全体的にはコンディション良好なのだが、サスペンションかデフから走行中ずっと「コリコリコリピキピキピキ」という音が出てます。正常かどうか判断する基準無し。普通のクルマなら明らかに「異常」なんですけどね〜。ラリーカーはいろんな音が出るし、それで正常だったりするから難しい。機会あったら新井選手に聞いてみることにしましょう。現在付いているマフラーはノーマルのため、驚くくらい静か。そうそう。リハビリを兼ねて2月2日にバラキアイスサーキット近辺で行われるスノーラリーに出場することにしました。
1月10日 西武線と地下鉄を乗り継いで早稲田へ。編集部で城市兄と対談。終了後、移動して打ち合わせを1件。続いて青山へ広報車を引き取りに行く。昨シーズンにCR−Vの雪道性能をチェックしていなかったので、雪降ったら走りに行く予定であります。ついでに一滑りといきたいところながら、残念ながら時間取れそうにありません。帰り道、中野に寄る。昨年末に板前さんが変わったのだけれど、なかなかの腕前であります。今日は白焼きの味見など。なるほど旨い! うなぎ屋を継げ継げと迫られているものの、中途半端な気持ちじゃ出来ぬ。さりとて叔母もいい歳だ。どうしたものか。晩ご飯は従兄弟が東京湾口の深場(水深500mなんだとか)で釣ってきたクロムツの刺身とアコウダイの鍋。これが絶品でありました。
1月9日 午前中急ぎの仕事。昼からラリーカーのチェックを兼ね、都内へ。とりあえず要チェックはクラッチ。たまにペダルが奥の方に引っかかって戻ってこなくなってしまう(足の甲で引っ張って戻す)。ミートポイントも安定していない。音関係も、今までに乗ったラリーカーと違うタイプが足回りから出ている。これ、問題ないものか確認したいところ。ラリーカーって基本的にワンオフ。少しづつ確認していかないとダメなのだ。いずれにしろユックリ普通に乗るだけでトラブルの大半は解るもの。いやいやそれにしても楽しいです! ラリーカーのコンディション良ければ2月2日のスノーラリーに出ようかと考えてます(締め切りは明日)。ニコニコ帰宅し、『24』を最後まで。例によって「なんだよ!」でありました。この脱力感が売りなのよね。
1月8日 朝から溜まり始めた仕事。ネットを見ていたら、何と! GT−Rのクラッシュ第一号の写真が出回っているぢゃありませんか! 場所は意外なことにホンコン! 日本で納車された後、空輸した人がいるらしい。エアバッグ開いているあたりから推察すれば、けっこうなイキオイでフロントをブツけているらしい(エンジンもダメージ言ってると思えるレベル)。されどキャビンは全く変形無し。あれならドライバーも「怖かったぞおい!」くらいで済んでいるだろう。このクルマ、日本に戻して修理するしかない? それとも相当のお金持ちだろうから、ポイしちゃうのかな? ジェネシスの情報を探るべく韓国のニュース見てたら、次世代新幹線車両の発表があったそうな。写真見たら「すげぇぜすげぇ!」。まずなんで花があんな位置においてあるのか不明。発表会だってのにフロントガラス汚れているし。車両のデザインについちゃ日本人の美的センスと徹底的に違う。ヘッドライトの上端がどこまでも切れ上がっていっちゃってるし、サイドの窓の形状だって妙。運転席部分だけ全高ある意味も解らない。最近クルマは国外のデザイナーを使うようになったため普通っぽくなてきたものの、純韓国風のデザイン、微妙です。
1月7日 依然ノドは痛むが復活しました。夕方まで仕事し、都庁へパスポートを取りに行く。申請した時と同じくが〜らがら。お金払って受け取り窓口で新しいパスポートの説明を聞き、外に出るまで1分強。車検も諸事申請も年末年始に限る。それにしてもパスポート写真、超を5つつけたくなるくらいヘタクソだ。加山のシーズンパスの写真を撮るお姉さんだってもっと上手に撮ってくれる。こんな人相悪い写真撮られたの、久しぶり。高い写真代取るんだから、焦点距離長いカメラ入れるかウデを磨け、と言いたい! 犯罪者みたいな顔付きの人間を海外に送り出すこたぁね〜でしょ! 国のイメージはこういうトコロから考えなくちゃならんのに! 終了後、夜10時過ぎまで打ち合わせ。

顔マル(顔だけの写真のこと)だけだと相当気持ち悪いのでネコも一緒に
1月6日 昨日は調子良かったと思ったのに、起きたら38度台の熱出てます。たまにゃ何もせず寝てろ、ということなのか? しかもお腹も減らないため、ダイエットに最適だったりして。とはいえベッドで横になっているだけで腰が痛くなるなど、それなりに辛い。仕方なく『24』シーズン6の7巻目から見始めた。やっぱり面白いワな。深夜になってやっと復活の気配漂い始める。
1月5日 起きたら熱は下がっている。それじゃ、と当初の予定通り”ほぼプロ”のウデ前を持つ従兄弟をコーチ役に、昨年からハゼ釣りに行く約束してた吉久さんとシーバス釣りに行く。ハゼ、昨年末の汚水流失により、近所の運河から居なくなってしまったのだ。とりあえずマリーナから15分程度の距離にある東京灯標へ。GPSを魚探に切り替えてみたら「うおおおぉぉぉぉ!」。いっぺぇ〜いるだがや! 60gのジグで釣り始めるや、あっと言う間に従兄弟が50cm級のフッコを。吉久さんもどうぞ。と言うと「疑似餌での釣り、初めてなんです」。あらま! 従兄弟、上手い割にはビギナーの面倒見が良い。コツを簡単にコーチするや5分ほどで50cm級をゲット! 船頭をやっていた私も竿出してみたら、たちまち1本。その後も吉久君は2本上げ「こんなに釣っても食べ切れん!」と30分ほどで納竿。運河巡りしてマリーナに戻る。釣ったフッコ、ムスコが「初めての魚さばき」で3枚に下ろした。明日は塩焼きとムニエルだぁ!

初フッコでございます 従兄弟にとっちゃ「こんなのセイゴ」
1月4日 昨夜から徐々に体調悪くなり、起きたらもはや完全なるビョウニン。身体中の関節痛く、ダルい。体温計無いため不明ながら、間違いなく低くない熱もあるはず。こらもうスキーどころじゃありません。ヨメに運転を頼み、退却であります。帰宅して熱計ったら38度5分。夜になると一段と症状悪くなる。何も出来ずに寝。
1月3日 昼から初滑りすべく加山へ。天気の良い正月3日にも関わらず、写真のような人の入り。そういえば通りがかった『湯沢パーク』もガラガラでありました。スキー人気、クルマ以上に盛り上がりません。考え方を変えれば雪質よく空いているということ。今や海外で滑る必要など無し。日本がスキー好きにゃ世界一の国だと思う。ちなみに加山、今年もまたレストランの経営が変わっていた。一昨年までのレストランは『銀座ライオン』だったのだが、ブランドイメージを地に落とすようなセコさ加減。昨年もセコいだけでなく、スピーカーでできあがりの番号をガナる等センスめちゃ無い経営者だった。今年はジュースにほとんど氷を入れない豪快なお姉さん(昨年までは氷をカップの口まで入れるというケチ具合)を筆頭に、けっこう感じのよい一家(?)。こういうレストランなら、休憩だけじゃくお昼も食べる気になるってもんだ。初滑りとあってヘロヘロになって合宿所に戻る。お風呂入って六日町のお寿司屋さん。
1月3日の加山。最高のゲレンデコンディションです!
1月2日 朝、ベルギーに帰るムスメを駅まで送っていく。何でも3日から会社始まるのだとか。私の場合、普通の人と距離感が違うため、ベルギーならいつでも会えるとタマシイに言い聞かせているのだけれど、やっぱり少し寂しい。父親は辛いっす。ず〜っと家に居るムスメって親にとっちゃ孝行だ。まぁ本人の将来を考えるとガマンしなくちゃならんのね。例年通り今日から仕事始め。年末からムスメ夫婦に付き合い食べ過ぎてるので、コッコアポも効かずお腹が危機的状況になってしまった。もはや気持ちを全面的に入れ替え精進せなアカン。ということで夜から湯沢へ。大晦日からタンマリ降った雪で関越トンネルからチェーン規制。明日は今シーズン初のスキー修行です!
元日 天気良く風もなく穏やかな新年の始まりであります。今年はムスメ夫婦+客人1人の6人でお節。4月からムスコも就職だからして(勤務地は98%東京じゃないと思う)、家族揃ってテーブルに付くのは今後お正月くらいになるかもしれません。いつもの年と同じく夕方からヨメの実家へ挨拶に行き、食べて飲む。
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